(ユキさんは)代々木公園で練習してる
ところを捕まえて“一緒にやろう”って

●というわけで話を戻しますが、今のメンバーに固まったのは何年前ですか?
伸太郎「2001年だから、3年前ですね」
●それまでは多少、流動的だった?
伸太郎
「そうですね。メンバーチェンジを何回も繰り返してます。脱退しちゃっただけのパートもあるし」

●今のメンバーで、次に入ったのは誰ですか?
伸太郎「立ち上げ当時から一緒にやっている、バリトンサックスのユキさんですね」
●加入の経緯というか、何をやってた人ですか?
伸太郎「もともとサックスをやっていて、テナーサックスをやってたんですよ。代々木公園で練習してるところを捕まえて、僕の電話番号を教えて“一緒にやろう”って」
●もともとは何がやりたかった人なんですか?
伸太郎「わかんないんですよね。何か、インドに行って目覚めちゃったりとか(笑)」
●ジャズがどうこうというよりも、サックスを吹きたいってこと?
伸太郎「そうですね。ジャンルというよりも、ホーンのサウンドが好きだったみたいですね。スカみたいなバンドもやってたらしいし。で、ジャックナイフの時、たまに東京ジャックナイフって大人数のホーン集団がいたでしょ? あの中の1人です」
●ということは、ジャックナイフをやってた時にスカウトしたわけですね?
伸太郎「そうです」
Coh「髪を結んでましたよ。今はできないですけどね(笑)。ユキさんのルーツはパンクだよね」
伸太郎「そうそう。もともとパンクドラマーですね」
●キャラクター的にも欠かせない人ですよね。
伸太郎「いじられキャラです」
●トランクス一丁にネクタイが似合う感じ(笑)。
伸太郎「そうですね(笑)。どっかホテルとか行くと、だいたい素っ裸で窓際に立ったりしてますよ(笑)」
●そんなイメージですね(笑)。
伸太郎「イメージの話なんですけどね。見たわけじゃないです(笑)」

(パパは)一緒にやっていくうちに
“じゃもういっちょ賭けてみますか”ってなって、
仕事も全部辞めてアルバイトに切り替えた

●次は誰ですか?
伸太郎「ドラムのパパですね。ドラムが抜けて、ずっとヘルプでやってもらってたんですよ。そのヘルプの人は、もうできないよって感じだったのに“じゃここまでやって”“次はここまで”って、ずっと伸ばしてた時に、ちょうど知り合いまして。で、スタジオで合わせたら“あなたしかいないよ”って」
●何をやってた人ですか?
伸太郎「いろいろやってまして、もともとジャズをやってた人です。でも、音楽でメシ食うっていうのはやらないって言ってた人だったんですけど、一緒にやっていくうちに“じゃもういっちょ賭けてみますか”ってなって、それまでやってた仕事も全部辞めて、アルバイトに切り替えて」
●人づてに知り合ったんですか?
伸太郎「当時、『7 O'CLOCK JUMP』のオムニバスまではトランペットがいたんですけど、そのトランペットが連れてきたんですよ。また、このトランペットは人が悪くて、ずっとドラムとベース探してんのに、半年ぐらいしてから“1人いたわ、連れてくるよ”って。そしたら、即決まっちゃって。早くしろよ、って(笑)」
●置き土産みたいなもんですね。その後、辞めたわけですもんね?
伸太郎「そうですね。まぁトランペットの人を取るか、ドラムの人を取るかって言ったら、確実にドラムの人を取りますね(笑)。トランペットの人は、吾妻光良&ザ・スウィンギン・バッパーズをやってる人なんですけど」
●バッパーズに若い人、いましたっけ?
伸太郎「いや、若くないですよ。もう45才ぐらいなんですけど。ウチでやり始めた当時も40才ぐらいだったから」
●そんな人とやってたんですね。
伸太郎「ただ非常にマイペースな人で、ライヴ直前にSEが鳴ってるのに、いないっていう。さっきまでいたんですけどいなくて、しょうがないからやっちゃうかってステージに出たら、向こうの一番奥のカウンターのところでビールもらってたりとか(笑)。で“途中でノド乾いちゃうといけないと思って持ってきた”とか言って置いとくんですけど、絶対やってる途中に倒すんですよ」
●やっかいなオジサン(笑)。
伸太郎「やっかいですね」
Coh「僕らすごくカッコつけてんのに、いつもステージに牛さんの柄の巾着を置くんですよ(笑)。やめてくれよって言っても聞かない」
●飾ってるわけじゃないんですよね?
伸太郎「えぇ。ミュートとかを入れておく袋が牛さんの柄なんです。アレが視界に入ると、いかに白熱してやっててもテンション落ちるよな。牛さんですからね(笑)」
Coh「ライヴ会場でお母さん見つけた時みたい(笑)」
●辞めた後、バッパーズに?
伸太郎「並行してやってたんですよね」
●あぁ、向こうはそんなにライヴ入ってないし?
伸太郎「そうですね。たまにしかやってなかったので、ほとんどスケジュールはウチのほうでやってもらってたんですけど、何せワガママな人なので(笑)。自分でもわかってるんですけどね」

(シュウちゃんは)一発目のセッションで
ドンピシャだった。本人も白熱してくれて
相思相愛みたいな感じで

●次に入ったのは?
伸太郎「ギターのシュウちゃんが、その次に。この人は本物の不良なんですけど(笑)、入ったきっかけは当時、並行してCohちゃんが加入してたダイナミクスっていうバンドがあって、そのバンドでギターを弾いてたんですよね。で、かねてからCohちゃんが“ダイナミクスのギターいいんだよね。ウチで何かできないかな”って言ってた時に、当時のギターがこれまた『7 O'CLOCK JUMP』を境に辞めちゃったので、並行して入ってきてもらって。で、一発目にセッションみたいな感じでやった時にドンピシャで。本人もすごく白熱してくれて、相思相愛みたいな感じで」
●ダイナミクスというバンドは、どんなバンドなんですか?
Coh「クールスの山崎さんが親方ですよね」
伸太郎「すごい大人数のバンド」
●シュウジさんは、もともとジャズギターがすごく上手くて、なおかつ最初からリーゼントにしてるような人?
伸太郎「もともとですね。その前を辿ると、キャロルやジミヘンだったりするし、永ちゃん大好きだし」
●じゃあロックギターも一通りやって、ジャズの道へ?
伸太郎「そうですね。ある時ピックも捨て、って感じですね」
●同世代で、あれだけやれる人を見つけるのって難しいと思うんですけど、すごいですよね。
伸太郎「ありがとうございます。この人はホント凶暴なギターを弾く人で、爪なくなりながら弾きますよ(笑)」

タケオには目は付けてた。“アイツいいな”って。
で、彼が入った時点で6人で固まりましたね

●で、ベースがタケオさん。
伸太郎「タケオは、僕は15年ぐらいの付き合いなんですよ。もともと、アラジュン(元ジャックナイフ)と長崎から一緒に出てきてバンドをやっていて、アラジュン繋がりですごく仲良くなって」
●見かけたことがあったような気がするんですよね。
伸太郎「ラストダンスっていうバンド知ってます? 昔、スイッチっていうバンドがあったんですけど、そこのサカイ君ってのと一緒にやってたり。わりとロフトとかアンチノック系列で、よく活躍していたんです。で、ずっとエレキベースだったんですけど、ある時ウッドベースに転向して、マイナードラッグというバンドをやっていて。
 で、マイナードラッグとは対バンもよくやっていたんですけど、ウチがギターまでは決まったけど、ベースが全然決まらずに毎回ヘルプでやっていて、まずいなって思ってたんです。タケオに関しては、目は付けてたんですよ。“アイツいいな、やっぱりタケオはいいな”って。でも、よく一緒にやるバンドだったというのもあるし、そっちも一生懸命やっていたのは知ってるから、誘うのも悪いなって。
 でも、切羽詰まって“もう無理だ”ってことになって、電話して“やっぱりやって”と。で、“ライヴいつやるの?”って聞かれて“1週間後”って言ったら“ふざけんな!”って(笑)。でも“ふざけてないよ、やってくれよ。今テープ置きに行くからね、じゃあね”って。で、家に行って“これ全部コピーしてくれれば大丈夫だから”って(笑)。それで、とりあえずやってもらって、その後にワンマンもあったから、またさらに10曲ぐらいコピーしてもらってズルズルと。
 で、ずっとヘルプって形で、マイナードラッグと並行してやってもらってたんですけど、“タケオもヘルプって形じゃなく、正式メンバーとして並行してやっていってよ”って口説きまして。本人としても、ブラッデストサキソフォンのベースっていう立場を確立していたし、中途半端に辞めたくないって気持ちもあったみたいで。最終的には、ヘルプか正式メンバーかっていう表面 上の問題だけだったので、正式メンバーになって6人で固まったって感じですね。
 でも、もともとはトランペットもいて7人だったから、トランペットを探そうっていう方針もあったんですけど、やっていくうちに、きらびやかなトランペットのいるホーンセクションじゃなくて、テナーサックス・トロンボーン・バリトンサックスっていうのが、俺たちのスタイルなんじゃないかなって思い始めていたから、トランペットのことは忘れるようになりまして、タケオが入った時点で6人で固まりましたね」

●結局、メンバーが固まるまでに何年費やしたわけですか?
伸太郎「結成は'98年だから、3年弱はメンバー探しで」
●ライヴをやるにもレコーディングするにしても、常にメンバー問題があって?
伸太郎「そうですね。ロックのバンドだと、ドラムが要みたいなところがありますけど、ジャズだとベースが中心になってるので、それが常に流動的となると、曲作りをするにも芯の部分がないですし。だから特にベースは、すごく大変でしたね」
Coh「しょっちゅうベースが変わるから、新曲が増やせないんですよ。変わるたびに、さらってもらわなきゃいけないんで」
伸太郎「だから、決まってるライヴの帳尻合わせみたいな練習しかできなかったですね。ライヴ入れなきゃいいっていうのもあるんですけど、その反面 で、やってないとっていうのもあって」
●それで、初音源のオムニバスからファーストアルバムまでに、約3年も間が空いたわけですね。で、今のメンバーになって約2年とか?
伸太郎「2年強ですね。固まって、やっぱり一からですよね。ブラッデストサキソフォンというものの基礎を作っていって、みんなの共通 項を見つけて方向性が定まっていって。で、アルバムを作るんだったらどういう曲をやりたい、カヴァーを含めてこういう曲をやりたいとかをどんどん出していって。それが固まっていって、自分たち的に納得できるところを見つけられたのが、その時点ですかね」